ティべリーナ島の骸骨寺、サッコーニ・ロッシの地下墓地

 ローマのテヴェレ川に浮かぶ小さな島、ティべリーナ島に、知る人ぞ知る骸骨寺があると聞き、早速潜ってきました。

Basilica di San Bartolomeo dell’Isola

 ティべリーナ島にあるサン・バルトロメオ聖堂ファサードに向かって左側に、地下墓地への入り口があります。そこは1760年に創立された「煉獄の聖なる魂を救済するゴルゴダの丘のイエスと嘆きの聖マリアの信心会 Confraternita dei Devoti di Gesù al Calvario e di Maria Santissima Addolorata in sollievo delle Anime sante del Purgatorio」、通称「サッコーニ・ロッシ信心会」の本部でした。信心会の修道士たちが頭と顔がすっぽり隠れる、キリストの血のように赤いマントを着ていたことから(saccone=大袋、rosso=赤)、こう呼ばれています。彼らは黙想しながら托鉢をしたり、当時中に十字架が立っていたコロッセオまで十字架の道行きの祈りをしながら練り歩いたりしていました。余談ですが、このコロッセオの十字架は、1861年のイタリア統一後に撤去されてしまいました。

Il Cimitero sotterraneo di Sacconi Rossi

 地下墓地は、長さ10メートルくらいのかまぼこが二つ並んでいるような大きさで、左右の壁際に高さ50センチくらいのベンチのような段差があり、その上に頭蓋骨とクロスされた大腿骨がずらっと並べてあります。ここはテヴェレ川の真ん中にある島の地下なので、川の水位が上がるたびに水が入り込み、その度に地下墓地内をデコレーション(?)していた骨がバラバラになってしまったそうです。ベンチのような段の中にも骨がぎっしり埋まっています。

基本墓地内での写真撮影禁止ですが、なぜか人を撮るのはOKということなので、私を撮っているフリしての写真撮影です。

 もともとサッコーニ・ロッシの修道士たちのための墓地でしたが、テヴェレ川で溺れた死体もそこに埋葬したことから、溺死者を埋葬する修道会として有名になりました。そのため、今でもサッコーニ・ロッシの主な使命はテヴェレ川の溺死者埋葬だったと勘違いされてしまっています。

Il Cimitero sotterraneo di Sacconi Rossi

 サッコーニ・ロッシの衣装を着せられた骸骨が、マネキンのように飾られていました。天井の丸い穴が見えますが、かつてここから溺死体が中に運び込まれていました。

Il Cimitero sotterraneo di Sacconi Rossi

 1836年、ローマでコレラが流行し、当時のローマ教皇グレゴリオ16世がローマの東側にあるヴェラーノ墓地以外への死者埋葬を禁じたため、サッコーニ・ロッシ信心会の衰退が始まり、1849年のフランス軍による略奪に加え、イタリア統一後の1870年にサヴォイア王家が街内の病院や修道院付属の墓地を全て閉鎖する法律を執行したため、この地下墓地も歴史に葬られてしまいました。

 ここは、普段一般公開はしていませんが、11月2日の死者の日(イタリアのお盆のような祝日)に、ここで死者を弔うミサが行われ、サッコーニ・ロッシ保存会の人たちがサッコーニ・ロッシの衣装を着てティヴェリーナ島を練り歩くので、その日だけ地下墓地を一般公開しています。

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