森の奥深くに隠れ、花柄模様が色鮮やかに描かれた不思議な聖窟を紹介します。

GPS座標だけを頼りに、ローマから車を飛ばして来ましたが、「そろそろこの辺りでは•••」というところで携帯の電波が全く届かなくなり、奇跡的に見つけた崩れかかった道標の前に車を停め、徒歩で目的地へと向かいました。

フィオーラ川に沿って歩き始めると、すぐ自然の静かなエネルギーに包まれました。

森の中を進むと、「ここからは聖域なので、静粛に」と書かれた看板があり、目の前に隠遁修道士たちの巌窟住居跡をあちこちに見ることができます。

かつてこの辺りにベネディクト会の聖コルンバヌス修道院があり、そこの修道士たちがここの聖窟住居を使用していました。この修道院は、すでに9世紀には存在していたことが文献上分かっています。

巌窟住居群の間をさらに進むと、聖域の真髄である岩の円形劇場に突き当たりました。森のエネルギーが全て凝縮されているようで、静寂の中に細長い滝の水飛沫が響きます。

この岩の円形劇場の上段に、今回の目的地、ポッジョ・コンテの聖窟がありました。岸壁に掘られた聖窟の入り口の上には、薔薇窓が空いています。
聖靴内部は、リブ付きヴォールトやクラスター化した柱など、ゴシック様式風に掘られ、色鮮やかな花柄模様が描かれています。現在、キリスト教関係のシンボルはほとんど見られませんが、かつては聖人像やキリスト像がフレスコ画によって描かれていましたが、1964年にそのうちの6点が何者かによって剥がされ盗まれてしまったため、残りはこの近くの村、イスキア・ディ・カストロの市民博物館に保存展示されています。

祭壇上のリブ付きヴォールト 
入り口と薔薇窓


異教的な装飾と宗教画が混在するこの聖窟は、最初テンプル騎士団がここを使用し、1300年代以降ベネディクト会系修道士たちがここを引き継いで隠遁生活をしていたと考えられています。テンプル騎士団の守護聖人であった聖コルンバヌスの修道院が近辺にあったことからも、本当にテンプル騎士団との繋がりがありそうです。

ポッジヨ・コンテの聖窟の場所です。カー・ナビを使っていく場合、携帯電話の電波が届きにくい場所なので、注意が必要です。