洞窟とハーブと祈りの村、コッレパルド

 自然の洞窟が多く、隠遁修道士や観想修道士たちが静かな祈りを求めて修道院を建て、ハーブを使った薬品の開発製造を主な生業としていた村、コッレパルドへ行ってきました。

トリスルティのカルトジオ会修道院 Certosa di Trisulti

 今回、私たちがまず最初に訪れたのは、厳格な会則で知られる観想修道会、カルトジオ会のトリスルティの修道院です。ここでは、最盛期に数百人もの修道士たちが完全な沈黙を守りながら、祈りと労働を行なっていました。

18世紀の薬局

 修道士たちは薬草を栽培し、ここで薬を調合していました。これらの薬は、ローマにあるヨーロッパ最古の病院、サント・スピリト・イン・サッシア病院に提供していました。19世紀の画家、フィリッポ・バルビによる装飾が施され、とても豪華な薬局です。

 修道院内にあるサン・バルトロメオ教会は、薬局と同様の画家、フィリッポ・バルビによる豪華絢爛なフレスコ画が描かれています。カルトジオ会は観想修道会なので、修道士と一般信者の交流は禁止されているため、教会内は壁で二つに分かれています。また、読みやすいように細工が施された聖書立て付きの聖職者席隣には、隠し扉がいくつかあり、同時に数個のミサを行うことができるように小さな4つの礼拝堂が並んだ部屋や修道院内部へ入ることができます。

 ここで生活していた修道士たちは、祝日の数時間をのぞき、外出もおしゃべりも一切禁止され、孤独の中で神への祈りと奉仕に没頭する生活を送っていました。基本的に食事はそれぞれ自分たちの個室で一人で取り、週に1度全員で集まって食べる夕食でも、食事中ずっと聖書を朗読する一人の修道士以外、声を発生することは一切できませんでした。修道士間の必須連絡には中庭に設置された掲示板を使うなど、沈黙が徹底されていました。

トリスルティのカルトジオ会修道院の全景

 かつては数百人もの修道士が完全沈黙の中で生活していましたが、1947年にシトー会の管轄になり、2018年に最後に残っていた4名の修道士たちがカサマーリの修道院に移ったことにより、ここの修道院としての機能は終わってしましました。

チェーゼの聖母の聖地 Il Santuario della Madonna delle Cese

 トリスルティの修道院の裏にある谷間へと続く山道を降っていくと、洞窟の中に建てられた小さな教会、チェーゼの聖母の聖地に着きます。神聖な静寂に包まれた山道を歩いているだけで、心身浄化されていくようです。ポッカリと開いた洞窟に小さな教会がハマっている聖地です。

 民間伝承によると、6世紀、この洞窟内で祈っていた隠遁修道士の前に聖母マリアが現れ、自身の姿を洞窟の壁に残しました。12世紀、この伝説を聞き知り枢機卿時代にここの隠遁修道士を度々訪れていた教皇インノケンティウス3世が、上記のトリスルティのカルトジオ会修道院を建てました。現在、聖母自身が残したと言われる聖母像は岩から外され、トリスルティの修道院内に保存されています。今では、代わりにカルトジオ会の守護聖母である「カルメロの聖母」の油絵があります。

聖ドメニコの聖窟

 今一度トリスルティの修道院前まで戻り、道なりにそのまま進むと、今度は10世紀にこの地に初めてベネディクト会修道院を建てた聖ドメニコの聖窟があります。

聖ドメニコの修道院

 聖窟の近くに今は廃墟と化した聖ドメニコの修道院も見ることができます。聖ドメニコは、さらに女子修道院である聖ニコラの修道院も建てています。これらの遺跡から、長い間静寂の祈りの場としてコッレパルドの地が大事に守られていたかがわかります。

 人口1000人弱の小さなコッレパルドの村は、薬草の村です。WWFに認定されている薬草園があり、中世から続く薬草による薬や薬草酒の伝統を今でも受け継いでいます。残念ながらオンライン販売はしていませんが、村の入り口に工房兼売店があり、薬草酒や自然薬品を購入することができます。

SARANDREA Liquoreria-Erboristeria

 コッレパルドは、その他自然の洞窟でも有名で、コッレパルドの洞窟と、自然の洞窟が地盤沈下で大きな穴があいた「アントゥッロの井戸」と呼ばれる洞穴があります。洞穴は円周約300m、深さ約60mあり、洞窟が続いていると考えられていますが、いまだに誰も中に入ったことがないそうです。

アントゥッロの井戸

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