ローマから50kmほど北に離れたカステル・サンテリアにある、岩窟聖地をご紹介します。ここは、6世紀にベネディクト会修道士たちが岩窟を掘り、聖母に祈りを捧げながら隠遁生活をしていた場所です。この聖地があるスーペントニア渓谷は、ヨーロッパで最初に隠遁修道が始まった場所だと言われています。

この聖地を訪れる信者の数が増え、小さな岩窟教会では手狭になったため、岩窟聖地の上に20世紀初頭にサン・ジュセッペ聖堂が建てられました。シンプルなゴシック様式の聖堂は、巡礼者たちを静寂な祈りへと導いています。


ここから、いよいよ岩窟聖地へと降りていきます。入り口の上には、約5世紀にわたって見捨てられていたこの聖地を、18世紀後半、新たに整備して復活させたジュセッペ・アンドレア・ロディオ修道士がトンネルを掘っている姿を描いたタイル画が掲げてあります。

ジュセッペ・アンドレア・ロディオ修道士が、14年間岩を掘ってできた階段です。144段、長さ40m、幅1,5〜2mあります。各ステップには樫の木の板が敷かれており、長年修道士や巡礼者が踏み締めたために表面が歪んでいます。

6世紀、ここでベネディクト会修道士たちが聖母に祈りを捧げていました。12世紀、サラセン人の襲撃から守るため、当修道会の聖人の遺物をここに避難させていたこともありました。18世紀後半にはロディオ修道士がここで42年間隠遁生活をしていました。

この聖母子像画が、いつ、どこで、誰によって描かれたのか、またいつからここに掲げられているのか、わかっていません。ただ、専門家たちは16世紀ごろに描かれたのではないかと推測しています。もともと洞窟の壁面にフレスコ画が施されていましたが、地中から水が滲み出て損傷してしまったので、現在の聖母子像画が掲げられたと考えられています。膝の上で寝ている幼子イエスを拝んでいる聖母像は、図像学的に珍しいものです。



聖なる洞窟から「聖人の道」と名付けられたロディオ修道士が整備した歩道を下っていくと、ロマネスク様式のサンテリア聖堂に着きます。小さな墓地が隣接し、谷の中腹にあるこの教会は、さながら永遠の眠りにつく者たちの子守をしているかのようです。エトルリア時代から聖地だったところにネロ帝がディアナ神殿を建て、その後8〜9世紀の間にベネディクト会修道士たちが神殿跡に教会を建てました。現在の聖堂は、11世紀初頭クリプタと初代聖堂の上に建設されました。

ローマ時代の建築物から再利用された柱が並ぶ内部は、ローマ周辺地域の中世教会建築の特徴であるコズマーティ様式の大理石モザイクが施された床が印象的です。祭壇に向かって左側の壁には、願い成就を感謝して奉納された聖母像や成人像のフレスコ画が並んでいます。


4種類の異なった4本の柱に支えられたバルダッキーノ(天蓋)の下にある祭壇上真ん中に大きくテンプル騎士団の十字架が描かれています。もしかしたら、テンプル騎士団との接触があるようなので、調べてみると意外な発見があるかもしれません。アプシスのフレスコ画は、11世紀に描かれたものです。上段は、キリストと聖ペトロ、聖エリア、聖エリセオ(?)、聖パオロ。下段は、二人の天使と殉教聖女たちが描かれています。ビザンチン様式によるフレスコ画で、聖女たちの煌びやかなファッションと、堂々とした天使たちの姿は必見です。



翼廊には、11〜12世紀のフレスコ画、黙示録とこの聖地の創始者聖アナスタシオの生涯が描かれています。
祭壇に向かって左側には、クリプタへと降りることができる階段があります。ここには、岩窟聖地の創始者である聖アナスタシオと聖ノンノーソの墓があります。
